樋口健二さんとアーサービナードさんのコラボ講演

報告1

『樋口健二さん&アーサー・ビナードさんwith山本太郎さん~今年も何もかも忘れちゃうのか
樋口健二さんと山本太郎さん。


原発作業員の放射線管理手帳の白血病死亡翌日に、中部電力による改ざん❗❗
太郎さんも、苦笑いで笑うしかない750ミリシーベルトをゼロに改ざん❗❗「こんなのあり得ないでしょう❗❔」と。

...

原発労働者を下級公務員(下級という言葉に反応した参加者があとでアンケートにありましたが、被曝後見捨てられた労働者たちは大学を出ていないため高卒でも可能な公務員の日本の決めた言い方が下級公務員なのです。労働者の実態を日本人は知らなさすぎるのだと樋口さんは言っています)にして補償するという樋口さんの願いを
太郎さんも内閣委員会で提案していたが立ち消えしていたため、
これからまたひとつの課題としてとりあげていってくれるなど
来年のための希望の話や、とても 中身の濃いtalkライブになりました。
このふたりを直接対面実現させたくて
叶ったことは嬉しかったです。
何故なら、労働者や被曝や差別問題が
人を人とも思わない原発社会をつくり続けているからです。

謙虚に「僕が無力で・・・」という太郎さんに、
「あなたは無力じゃない❗凄いことひとりでやってるんだ。そんなこと言うんじゃない。徹底的にやってくれ❗」と
力強く伝える樋口さん。
それに「徹底的にやります❗」と約束する太郎さんのこのふたりの男の約束を会場のみなさんも、感動して見守っていかれることと思います。

 

(魚ずみちえこさんのfacebook 記事より転載


樋口健二さんとアーサービナードさんコラボ講演

報告2



アーサーさんの

鹿児島での原発に対する3文字ローマ字のふざけた避難計画表示に樋口健二さんも共感の爆笑talkライブからスタートしました❗...ポツダム宣言を「つまびらかに読んでない・・・」と、話した安倍総理に、みんなで何度も「議員はつまびらかに読みましたか❗❔と追求しろよ❗」(笑)など息のあったふたりのとっても自由なtalkライブに会場は笑いの渦でした。(来場して下さった皆様には主催した側としてお詫びをいたします。アーサーさんが大遅刻で到着なさいました。がアーサー・ビナードさんが携帯を持っていない生活をしている人のためいつもやりとりは広島の自宅電話か公衆電話かどなたかの携帯を借りてアーサーさんが連絡をしてくるという形でした。そのため、地図や詳細はファックスしてあるので来れないはずはないのでとても心配いたしました。アーサーさんが来ない❗❗❗というハプニングと何かあったら公衆電話からなり電話をくれるのではないかと思って樋口健二さんのソロ講演会を先に致しました。二時間近くの大遅刻の末アーサーさんが必死の形相で到着するまでは、事故か何かかと心配しました。が、色んな事情が重なり渋滞のtaxiの中で、身動きがとれず電話出来なかったことと、taxiの方が、この地域の人ではなく道を間違えてしまった等、アーサーさんが 深夜イギリスに行くため重い荷物でtaxiになって渋滞最中ということを到着するまで知り得なかったことが皆様にとてもご迷惑をおかけしました。アーサーさんも今回は全面的にご自分が悪かったですと言ってらっしゃいました。私どもも、アーサーさんについて心当たりがある知り合いの方々の協力で電話で居場所を探していましたが結果、そうしたことだとわかりました。)


樋口健二さんは 「あんたどこいっとったんだ」と年長者ならではのユーモアで

楽しく二人のトークをスタートしてくださったので
そのあとのトークライブは
二人の自由な爆笑と学びのtalkになりました。
オシドリまこケンさんも来場して下さって、元気なtalkを飛び入りでしていただけました🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵🎵✴✨✴🌟

ハラハラドキドキでしたが
良いtalkライブになったのではないかと思います。
そして、アーサーさんも
来年是非樋口健二さんアーサー・ビナードさん山本太郎さんの3人の一緒のtalkライブを
絶対することを約束して下さいました🎵
また
あらためて新しく 素晴らしいtalkイベントを実現いたします❗✴🍀✨🍀✴✨🍀

ありがとうございました。

 

(魚ずみちえこさんのfacebook記事より転載)

専修大学長谷川教授に頂いた感想

参加されたある方が、「まばたきしなかったと思う。息はかろうじてしてたかな」とFBに書かれていたのがうなずける、あまりに濃く深い内容。イベント等に参加して少し時間が経つと、普通は心の中が落ち着いて、「まとめるとすればこんな感じかな」というのが多少は見えてくるのだけど、今回は時が経つにつれて、まかれた言葉の種がじわじわと増殖し、心の中がざわざわして、だんだん収拾がつかなくなる感覚。でもこんなイベントに参加して何も伝えないのは罪だと思うので、非力を覚悟で。前半は樋口健二さんのお話と、樋口さんと山本太郎議員のトーク。
樋口健二さんは、3.11よりかなり前、イギリスのテレビドキュメンタリーで原発労働者の問題を追う樋口さんのことを取り上げた映像(https://www.youtube.com/watch?v=92fP58sMYus)をYoutubeで見て以来、ずっと尊敬していたフォトジャーナリストですが、生でお話を聴くのは今回が初めて。(以前専修大学で連続講座をされたことがあると初めて知りました!:http://www.jps.gr.jp/wp-content/uploads/2014/08/jps_154_026-027.pdf)
1960年代の四日市公害の追及に始まり、原発労働者の被ばく問題へと、当時は誰にも顧みられることのなかった問題や、人々から忘れ去られかけている問題を追いかけて、(「本当は売れたかった」と率直におっしゃりつつも)「売れない写真家」を続けて50年。亡くなった人への鎮魂の思いを込めて「闇に消される原発被ばく者」を追い伝え続けてきた。たとえば1971年に格納容器内の作業で被爆して発病し、74年に裁判を起こした岩佐さん。阪大病院で「放射性皮膚炎・二次性リンパ浮腫」という診断も受けていたが(http://www.nippyo.co.jp/download/SHINSAI/PDF2/housemi_324_p8.pdf)、17年間争った末(被告側に「御用学者」が協力)、91年に最高裁で上告棄却の判決。病床で樋口さんの手を握り、「助けてくれ、助けてくれ」と苦しみながら死んでいったという。原発の被ばく労働は昔も今も差別の構造が根底にあり、社会の底辺にいる人々が支えている(黒人労働者もいる、という樋口さんの証拠写真も)。
対談相手の山本太郎議員に、原発労働者を(病気になったとき何らかの補償が受けられるよう)全員公務員にすることはできないか、と樋口さんが提案。これに対し山本太郎氏は、既に国会の委員会でそのような提案をしたことがあるが、「みんながみんな公務員になりたいわけではないですからねえ」というようなふざけた答弁だった、という。
ここまでレポートしてきて、あの膨大で濃い内容を過不足なく伝えることは正直ほぼ無理だと痛感しつつあります…
アーサービナードさんが遅れて到着され、山本太郎議員が所用で早めに退席しなければならなかったため、入れ違いになり、3人が顔をそろえることができなかった、というハプニングはあったが、この3人の話の「濃さ」を考えると、「樋口健二×山本太郎」「樋口健二×アーサービナード」という2部構成は、「結果オーライ」だったのではないかと思う。でも主催のママデモの皆さんは、ぜひもう一度やって、3人の顔合わせを実現したいとおっしゃっていました。この3人のお話は、生で聴かないと絶対に伝わらないものがあります。実現したら皆さまもぜひ足を運んで、ご自分の耳でお聴きになってください…!
(長谷川さんのFacebookより転載)

来場してくださった方々の感想

It's not true that there are no more samurai in Japan. We met at least two on our last active Sunday: Kenji Higuchi, Taro Yamamoto. Or three, if you don't mind that the third one, the poet Arthur Binard, looks a bit American ( but doesn't sound like one). 
Beautiful men of honor who are not afraid to speak the truth.
(FabiolaさんのFacebookより転載)